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作曲家・富山優子 音に言葉

日々之音楽・思考・言葉

1月22日 大気澄みわたる

 リアル金曜日。予定は特にない。週末に寝るため、平日は存在する。

 

 『荒俣宏の不思議歩記(あるき)』を読んでいると、地球のさまざまな文化や風俗に興味がわいてくる。

 今まで自分が知らないことを知った瞬間の感嘆であるとか、初めて訪れた土地の名産を探し歩くであるとか、未知を体験したい欲求は誰でも持っていると思うが、体験した未知を他人が面白く思えるように文章化するのは、偉業である。先日観た映画がえらく良かった、ということを電話で伝えようとしても、なかなか相手からかんばしい反応がもらえないのと同じだ。荒俣さんの文章からは、知った事柄から思い出や連想を膨らませて、他人に親しみやすく伝えようと書いてくださる親切心が、そこかしこに感じられる。今まで全く知りもしなかったし名前を訊いただけでは興味も持たないであろう「シドナム水晶宮」に行ってみたくなるから不思議だ。

 「19XX年の上野下町は、かような人間関係を構築していた」という情報だけだと「へぇ」としか思わないが、時折、筆者の主観や体験が交ぜられており、こんなふうに感じる筆者は一体どのような人なのかという裏の好奇心もくすぐられる上、その言い回しが共感しやすく感じもよく、読み進めていくうち次第に心が穏やかになっていく。東京には、日本には、地球には、この世界にはまだまだ面白いものや暖かい人々が沢山いるのかも、という気がしてくる。一読者を肯定的性格に変えてしまう文章のチカラ、まさに偉業である。じっさいの荒俣さんは、きっと良い人にちがいない。(想像)

 文章には、筆者自身による「世界の受けとめかた」が色濃くあらわれている。

 

 「この人の文章が好き」と思うとき、たいていは筆者自身の定めたテーマを気に入り、文のはこびを気に入り、言い回しを気に入り、漢字かなの配分を気に入っている。筆者がどのようにこちらを説得しようとしているのか、世界に対する愛着、このような文字や単語が好きだと思っていますよ的なアピール、書き手は何度も推敲し、技術を使って自身からは様々な距離感をもつ文体をつくりだすかもしれないが、それぞれの作品の共通して流れる「あのひとの感じ」は変わることなく中にあり、読み手に感ぜられてゆく。かすかな体臭のようだな、と思う。

 

 「世界の受けとめかた」についてもう少し書こうとしたが、どうもうまくない。書いては消し、消しゴム圧が高くてノートを破り、逡巡するばかりでまとまらない。また一つ、じっくり書いてみたいと思うテーマが見つかった。