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作曲家・富山優子 音に言葉

日々之音楽・思考・言葉

1月29日(金) 冷雨(rei-ü)

角田光代『平凡』

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2014年5月に出版されていたのを知らなかった。短編集。

目に飛び込んできた「ツイッター」の文字に惹かれた。同時代を共有できるならしてみたいと思って読んだ。

やっぱ角田さんの文章、ラブすぎる。いずれも結婚がうまくいかなかったり別れを予感したり離婚した男女が描かれている。『マザコン』の時にも思ったけど、一つのテーマをめぐる様々なかたちを描いた短編集が立ち並ぶ存在感に、ちょっと気圧される。

 

心では他人を求めていて、どこか臆病で、ずるい相手を非難したくて、自分のずるさからは目をそらして、大人だから正当化する言葉を沢山持っている。少しずつ小さな嘘をつき、それらを誤魔化し、一人の時は反省や後悔だってしている。相手の態度に傷つけられたと憤慨し、だがそう言えず、反撃する自分を何度も頭の中で反芻しては、改めて傷ついている。それをしていたら、今はどうなっていたのだろう。想像ばかりが逞しく、岐路で増殖した無数の私が行き場をなくして叫んでいる。

 

あのとき選ばなかった、もう一人の私を思うものがたり。

不在は語られることでのみ存在する。

 

日々の局面で選択を迫られ、「選ばない」選択肢すら存在する。

「♪あの日あのときあの場所~」へ行かなかった自分。(小田和正2回目)

自己責任で選択したのだから現実は全て自分で作ったのだ、などと誰が断言できようか。選んだもの、選ばなかったものに対して、どれだけ納得できるだろうか。納得できる、できないではなく、納得するよりほかに仕方ないのかもしれない。だがなぜ常に選ばされるのだろう?常に、だ。平穏な日々、平均な人、平坦な道、平凡な自分・・・。

 

あれこれ言っても『平凡』が一番良い、だなんて主張はどこにも書かれていない。

別れた相手を呪うシーンで「平凡を願った」のが面白く、それはもしかしたら祝福だったのかもしれないと思いなおすあたりに、ほのかな希望を感じた。