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作曲家・富山優子 音に言葉

日々之音楽・思考・言葉

3月8日 i only said~だんだん遠くにうする

今日は岡山のおばあちゃんの命日。亡くなってから丸3年が経ちました。

自分と精神的に近しい従兄弟と、おばあちゃんトークをする。こうやって記憶を強化しないと、どんどんいなくなってしまう。

 

おばあちゃんは本当に多趣味で、常に能動的に生きた人だった。裏千家茶道の教授やコーラス、華道、一時期は社交ダンス(!)まで、どれも自分から取りにいく体験型の趣味で、しかも”生き延びるための生活”と直接は関係しない。これ最近、歌人穂村弘の本を幾つか読んだ中で共通して書かれていたことなんだけど、”生き延びる”と”生きる”の違い。”生き延びる”は、生命を継続するための健康や資源の確保を優先させること、”生きる”は…なんだろう、「それではない」としか言えないんだけど、いわば”文化”に相当する分野なのかな。

 

おばあちゃんは生活の中でも面白くて、例えば100g=1,000円もする肉(特売なら100g=100円未満で買えます)を少しだけ食べるとか、せっかく生食できる新鮮な刺身用サーモンを軽く炙って食べるとか、自分でも「もう年寄りなんだから良いものを少しだけ食べたい」って言ってたけど、そんなふうに生命維持の食事分野でも遊びが感じられて、「生き延びるための食事」だけでは嫌だったんだなってことを晩年知って驚愕したことがあった。

 

おばあちゃんは早くに夫も両親も看取り、東京に出てきてしまった子供とも離れて一人でやってきて孤独だったろうけど、自分で好きに自分の生活を作ってやれてた所が本当に、強いしかっこいいなぁと改めて思っている。孤独な晩年…ほんとマジで他人事じゃないんだけど、”生きる”ことを生きていればそんなに寂しくもないのかな、ってちょっとした期待は持っている。