作曲家・富山優子 音に言葉

日々之音楽・思考・言葉

映画『世界で一番美しい少年』

 
ヴィスコンティの映画『ベニスに死す』で、マーラー交響曲第5番から「アダージェット」が物憂く流れる中、棒につかまりグルグル回っていた美青年。そのビョルンが歳をとり、長い白髪ヤギ髭の老人として怪映画『ミッドサマー』に出演していたと知り驚いた。これは近年のビョルンに密着したドキュメンタリー映画
『ベニスに死す』以降に日本で活動した時期があり、池田理代子さんのベルばらではオスカルのモデルとなったらしい。本映画では2人が初めて対面する。1971年には日本語でレコード『永遠にふたり』を出し、CMにも使われていたという。
しかし『ベニスに死す』で世界的に一躍有名になったビョルンは、その後鬱とアルコール障害に長いこと苦しみ、家族にも問題が起こる。本映画で、年老いたビョルンが一人カラオケで『永遠にふたり』をおぼろげに歌うシーンでは、なんともいえない心持ちになった。
始めから終わりまで、ビョルンはずっと所在無げに探している。自分の居場所を、あるべき姿を、見たこともない父を、突然いなくなってしまった母を。幼い少年にはあまりに過酷な運命に傷だらけになりながらもなお、空を見つめる透徹な瞳の美しさ。少年は大人になることがなかったのだろうか。『ミッドサマー』で崖から落ちる時に見せた表情を、今でも覚えている。