作曲家・富山優子 音に言葉

日々之音楽・思考・言葉

それぞれのアカシック・レコード

ファーストアルバム『僕らの時代』をリリースしてからの2年間が、数十分のセカンドアルバムに封じ込められつつあるさまを見て、妙な脱力感に襲われている。

「3年かけて2時間の作品を作ると、3年間が2時間になってしまう」と宮崎駿さんが書いていたが、もしそれが自分にもあてはまったらと思うと寒気がする。

 

客観的に見ると、ファーストアルバムが「過去の音楽を振り返る」ものだったのに対し、セカンドアルバムは「過去の想念を振り返る」内容になっているようだ。ここでいうそれぞれの『過去』とは、きわめて主観的な視点に基づく過去ではあるが、聴いてくれたひととシェアできるものがあれば、それは嬉しい。

 

未来への展望なんて見えない。出来ることはいつも、過去の堆積だけ。

 

 

先日は小学校の友達と飲んだ。2013年新宿の居酒屋で、根底に流れる”故郷”をシェアしていた。会いたい人たちと会えるときに、会っておきたい。色々と変わってしまう前に。

北多摩郡の80年代を感じた、夏。

 

”故郷”というものは場所が離れていることに使うのだとばかり思っていたけど、時間が離れていることにもあたるのだと気づく。80年代にあった街の外観や温度・湿度・自然風景・時間の速度・若者文化・子供の遊び・食習慣はとうに変わってしまって、あの頃からだ全体で受けたかんじは、今となってはまぎれもない”故郷”になった。

 

2013年の学生は、LINEの履歴で友達を感じ、自撮り写真の黒目を大きくし、サイゼリアのドリンクバーを飲みまくる。私たちだって大差なかった。マックで時間を潰し、使い捨てカメラで互いを撮りあい、ラジオをテープに録音していた。いつだって責任も社会的評価も無い若者は、勉学以外の時間を持て余してやまない。

 

80年代、90年代を持て余した私たちは、10年代に生き遺したがっている。いつだって時間が過ぎてゆくばかりで、思い描いたような良いものなど作れないんだろう。だけど人は忘れてしまうから、いつでも思い出せるように真空パックして、いまの音と言葉を閉じ込める。いつサーバーが飛んでも大丈夫なように、銀盤へと閉じ込める。それぞれのアカシック・レコード