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作曲家・富山優子 音に言葉

日々之音楽・思考・言葉

a diferent perspective of...

(前回の記事を参照→http://ytomiyama.hatenablog.com/entries/2014/02/28

 

ここ半年ばかりウジウジと心の底に貯めこんでいた本質の言葉を書いてしまったら、なんとなく結論が出た。

なかなか他人とのコミュニケーションが上手にできない自分が、人との共通項が欲しいと思ってポップスを始めたのに、いつのまにか、ポップスの共通項ばかりをやるようになってしまった。

「お約束」ってやつ。「らしさ」ってやつ。「○○みたい」なやつ。

みんなやっていることをやらないと、怪訝な顔で見られる。みんなやっていることをやれば、褒めてもらえる。ここ数年で、そんな環境を自分で作り上げてしまったような気がする。聴衆の目を鏡のようにして見た自分像っていうか。

「人と違うことに価値がある」だなんて、どうやら嘘だ。みんな見たこともないものには先ず拒絶反応を示す。まずは、そこで踏んばらないといけない。

 

「売れてる音楽」の中に好きなものはもともと無いのに、「売れる音楽」を目指す必要がどこにあったんだろう。

売れなきゃだめだ、好かれなきゃだめだ、理解してもらえなきゃだめだ、なんてのは、単なる自縄自縛だった。

音楽はそもそも、周りにクリエイティブな影響を与えるものであるべきなのに、一体何を血迷ってたんだろう。自分が好かれるために音楽を利用するのか。

(そして自分が精いっぱい「売れるための努力」をしたところで、音楽ファン以外からは「売れることを考えてないでしょう」と言われ続けている)

 

私は言葉が足りないので、誤解されることも多いんだけど、他の音楽をけなしているわけじゃないことは解ってほしい。

人と共有出来るのは音楽の素晴らしい面だし、演奏だって積極的にやっていきたい。

でもなんだか、「合わせやすさ」を一番に考えてしまうのは創造に陰りを落とすな~と思ってしまったのです。

なにも「理解しがたい音楽」をやりたいと思っているわけでもなくて、新鮮なやつ、自分が良いと思っていることをやり切る心の強さ、育てなあかん。

 

ただの変わり者で一生を終えるか、新しい世界を作れるのか、人間はそんなことばっかりやっている。