作曲家・富山優子 音に言葉

日々之音楽・思考・言葉

手のひらサイズの世界

f:id:ytomiyama:20171013202115j:plain

 

いまや電車に乗ると、ほとんどの人がスマホを片手にしている。7人がけの椅子に座った7人全員がスマホを見ているときは、「ビンゴ」と心の中で小さく思う。6人だったら「リーチ」がかかる。みんないったいどんな画面を見ているんだろう、とつねづね疑問におもっている。ちらっと見えてしまったLINEの画面が、人間関係のディープな修羅場だったりするとあわてて目をそらす。
隣に座った人が小刻みに揺れている。ソファのクッションが縦にばいんばいん揺れるほどの強さだ。あのー、隣の私も一緒に揺れてしまうほど、けっこう揺れてるんですけど…。ジャズセッションを聴いているときに座っていたのが長椅子で、近場の人がビートを刻む振動で周りのみんなも揺れていたことを思い出した。電車の座席で彼が夢中になって叩くスマホの画面では『太鼓の達人』が佳境である。(おそらくクライマックス連打の箇所)『太鼓の達人』は私も大好きなゲームではあるが、あれは肉体的にやりたいなぁ。ゲーム機の前で、バチを握り締めて、ノリノリでステップを踏んで、笑顔で。

 

自分は主にWeb検索やSNSテザリングの機械としてスマホを使っているので、スマホがゲーム機になるという発想がなかなかなかった。見渡してみると電車の中でも、並んでいるカラフルな球を順番に指でこすって消したり、勇者がモンスターと戦ったり、はたまた街中にうろついているとされているモンスターをつかまえたりしており、目にはしていたけれども自分でやるという発想が全然なかった。ゲームを始めたら、SNSどころでなく無限に時間は吸い取られ、現実がおろそかになり、部屋は荒れ放題、服装はおざなりになり、睡眠不足から不健康になるのではないかと常に怯えていた。

ところがさくじつ、知らない人が平面的なテトリスもどきをプレイしているのを見かけたとき、何かがピンときた。実際のテトリスよりも様々な形のブロックをうまく詰めて並べ、タテかヨコ一列にマスが揃ったら消える仕組みだ。パズルゲーム!心の火種がパラッと燃え上がる。パズルゲームなら、倉庫番落ちゲーや文字あつめゲームなど好きで色々やっていた。久しぶりに何かやってみようかな?
まずはスタンダードなものからと思い、手始めに五目並べをダウンロードした。なんか好きだ五目並べ。色数が少なく、画面がごちゃごちゃしていないのも好ましい。レベル1から5が用意されており、1から順番にポチポチとプレイする。お、おもしろい…そして勝つ…またやりたい…順調に勝ち進んでいたが、レベル5になると途端にAIが強くなる。勝てない…3回に1回くらいは勝てる。これも相手のAIが、たまに手加減して負けてくれているにちがいない。勝ったり負けたりしているそのうち、実際に誰かと戦ってみたくなる。しかしネット対戦のボタンが全然反応しない。ここからは課金領域なのだろうか?有料マージャン店に入る前の心細さを感じ、そして諦める。人と触れ合うだけでも金を要求するのかネット社会…腑に落ちぬままプレイしているうち、徐々に記憶が蘇ってきた。何故私はこんなにも五目並べが好きなのか。その理由が。

 

中学生のとき、「部活動」と「クラブ活動」の二種類があった。前者はガチな放課後活動、後者はゆるい週1の活動、と当時は認識していた。部活動は任意だがクラブ活動は授業時間内のため必修。週に1日は授業中なのに好きなことをして半分遊べるウキウキの時間に、大半の女子は料理クラブや手芸クラブや美術クラブできゃいきゃいしているなかで、私は男子が大半の五目並べクラブを何故か選択する。何故だったか。実力はともかくとして、碁盤に相対する剣士のような姿が格好良く見えたのだろうか。
顧問は数学の先生で、身体が大きく、いつも薄汚れた白衣を着ていた。それは朝礼の際に遠目からでもわかるほど灰色がかかった茶色だった。板書の文字は驚くほど小さく、普段は無表情に近いのだが何かの折にニヤリと笑う。それまで囲碁はおろか将棋もルールを御せずにうまくプレイできなかった私は、シンプルな五目並べにたちまち夢中になった。勝っても負けても面白い。15×15のマス目は広すぎてまだまだ使いこなせていなかったが、立てた作戦がまんまとハマったときは陸上部で良いタイムを出したときよりも嬉しかった。たぶん。

生徒同士の対戦で勝ち上がっていくと、たまに先生が相手をしてくれる。先生は強い。先ほどのスマホゲームでいえばレベル5くらい強い。どう守ればよいか迷っていると、たちまち攻め込まれて一気に覆される。先生がニヤリと笑ったら、もうこちらの負けだ。もう一戦挑みたいが、次の男子が待っている。涙をにじませて引き上げる。
ごくたまに先生が負けることもある。先生は自分が負ける瞬間にすぐ気づき、「あっ」と小さな声を上げる。その声で自分の勝利に気づいたこともあるくらい、ようは先生のケアレスミスに乗っかっているだけなんだけど、それでもやっぱり嬉しかった。

その後はしばらく五目並べのことも忘れてしまっていたあるとき、「重力四目」なるものの存在を知って大いに興奮した。7×7マスの平たい板を垂直に立て、上にあいているスリットからコインを入れて下に落とす。タテかヨコに4つ揃えば勝ちであるが、盤面が立体的なので重力に従い下から順番にコインが埋まっていくことも見越して積んでいかなくてはいけない。おわかりかな?
立体的な思考の意外さとマスが少ないのもあって、重力四目もとても気に入り、小さなセットを買って旅先などでよくやった。セットがなければ紙にマスを書いてやったりもした。紙と筆記用具さえあれば出来る遊びは強い。

そして時代はスマホゲームである。重力四目のソフトも見つけたので早速ダウンロードした。こちらのレベル分けは特に無く、始めっから強い。ものすごく強い。こちらの手を打った次の瞬間には無常にコインが落とされていく。面白い、っちゃ面白い。だがなんとなく、立体感を感じられないのが味気ない。しかもまたしても人間と対戦するには課金が必要だ。世知辛い。だったら紙と鉛筆を持って友達にせがんで対戦してもらうよ、とブツクサ考えていたら、このソフトの製作者欄に「Powered by 数学者」と書いてあるのを見つける。どきっとする。先生がいつもの薄汚れた白衣を着てニヤリと笑っている。


来月は今年最初で最後の自主企画ライブがあります。
11月3日(祝)神保町試聴室でワンマンライブ『優子の音楽実験室その2』
http://www.tomiyama-yuko.com/live.html